1.本書の概要
ここでは、以下の書籍についてのレビューを書いていきたいと思います。
- 黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 (講談社+α文庫)
- 著者:橘 玲
- 出版日:2008/3/7
- お役立ち度 :
- 難易度 :
- マニアック度:
- 分類:株式投資、インデックス投資、デリバティブ
まずは、本書の概要からです。
本書は、橘玲氏によって書かれた『臆病者のための株入門』の上級者版という位置付けで、デリバティブやエマージング投資などについても触れられています。(リンク先はレビュー記事になります。)
なお、本書の章立ては、次のようになっています。
- 序章 さよなら、プライベートバンカー
- 第1章 究極の投資VS至高の投資
- 第2章 誰もがジム・ロジャーズになれる日
- 第3章 ミセス・ワタナベの冒険
- 第4章 革命としてのヘッジファンド
- 第5章 タックスヘイヴンの神話と現実
- 第6章 人生設計としての海外投資
- 終章 億万長者になるなんて簡単だ
2.人的資本を考慮したポートフォリオ構築
本書の序章では、プライベートバンクについて、触れられています。
プライベートバンクは、もともと資産の保全を旨としていたものであったため、資産運用のノウハウなどはなく、せいぜい格付けの高い債券や欧米の優良株に投資される程度であったと言うのです。
また、いまや最高のプライベートバンクは、スイスの伝統的金融機関ではなく、投資銀行最大手のゴールドマン・サックスで、その顧客はほとんどが大手事業会社や巨大機関投資家だと言います。
そして、第1章では、プライベートバンクや機関投資家が採用している世界株ポートフォリオの説明がなされています。
まず、プライベートバンクの投資アドバイスは、不動産・株式・債券の伝統的な資産三分法に則ったものになります。
具体的には、富裕層は例外なく豪邸など大きな不動産資産を持っているので、金融資産に関しては、世界の優良株と米国債など信用力の高い債券を、ほぼ均等に保有するというものです。
それに対して、機関投資家の投資戦略は、国内株式・外国株式・国内債券・外国債券の4つに資産を区分けして、各アセットクラスのリスクとリターンから最適なアロケーションを導出するというものです。
一方で著者は、一人ひとりの労働価値である「人的資本(ヒューマンキャピタル)」についても着目し、次のように述べています。
20代のうちは株式投資などにうつつを抜かすより、人的資本の構築に全精力を傾けるのが最高の資産運用である。
さらに、「金融資産に比べて人的資本が圧倒的に大きい場合」の「投資の基本法則」として、以下の3つが挙げられています。
- 全資産を株式に投資すべきである
- 長期的には株式投資の累積リターンが債券投資を大きく上回っているため。
- 投資にはレバレッジをかけるべきである
- 株価指数先物を利用する。
- 全資産を海外資産で保有すべきである
- 人的資本は日本の労働市場に投資されており、分散投資できないため。
つまり、「究極の投資」とは、人的資本を担保として、ETFの信用取引や株価指数先物のデリバティブ取引などを活用して、金融資産に大きなレバレッジをかけることになるのです。
ここで、第1章ではこの「究極の投資」を、富豪投資家の「至高の投資(プライベートバンク)」に対抗するための、貧乏投資家の投資法という設定で書かれています。
そのため、この「究極の投資」は、合理的ではあるものの、リスクを取った常識に反する投資法であることは著者も認めています。
ただし、日本人は一見これと似たようなことをしてきたとも言います。
それは、なけなしの金融資産を頭金にして、住宅ローンを借りて(レバレッジをかけて)マイホームを購入することで、これは分散投資理論からは最低最悪の戦略だと述べられています。
現在では、ポートフォリオに不動産資産を組み込むのであれば、複数の不動産物件を運用するREIT(不動産投資信託)を使うことができます。
ですから、「同じ不動産投資をするのでも、自宅を売り払ってREITに買い換えたほうが経済合理的だ」ということなのです。
なお、第1章では、ACWI(MSCI全世界指数)から日本市場を除いた株価指数に連動する「世界株式ETF(1554)」や、「海外先進国株式ETF(1680)」、「海外新興国株式ETF(1681)」など、様々なETFが紹介されています。
また、ひとつのプラットフォームで世界中の株式市場やデリバティブ市場で取引することができ、日本人でも口座開設することができる、アメリカのインタラクティブ・ブローカーズ証券についても触れられています。
3.ADRとGDR
第2章では、新興諸国の企業への投資について書かれています。
それは、わざわざ現地の証券会社に口座を開設しなくても、「ADR(American Depositary Receipts:米国預託証券)」を利用すれば、アメリカ市場で世界の優良銘柄を取引できるというものです。
ADRというのは、外国企業の株式を信託銀行などの預託機関に預け、これを担保にADRというレシートを発行し、通常の株式と同様にアメリカ市場で売買できるようにしたものです。
またADRでは、アメリカ市場に株式を上場させるのに、原則としてアメリカ企業と同等の会計基準を満たしていることが求められます。
そういったこともあり、ADRを発行できるのは超優良企業だけなので、投資のリスクは大幅に軽減できるのです。
そのため、機関投資家の中には、ADRの発行を外国企業への投資条件にしているところも多いと言います。
そして、資源やエネルギーに投資する際に、商品先物取引を行うのは若干敷居が高くなりますが、代わりにADRを通じて資源国の優良企業に投資するという方法があるのです。
さらに、アメリカ以外の証券市場(ほとんどはロンドン市場)に上場された、「GDR(Global Depositary Receipts:国際預託証券)」と呼ばれるものもあります。
GDRは、ADRと比べて上場のハードルが低いため、アメリカの会計基準が厳しくなるにつれて、上場先をGDRに移す企業が増えてきているとのことです。
ADRは現在でも、アメリカ以外の世界の主要企業に投資するには便利な道具ですが、エマージング投資の世界では、その座をGDRに譲りつつあると言うのです。
なお、エマージング市場では、ほとんどの場合、ごく一部の財閥系企業が時価総額の大半を占めているので、銘柄選びはそれほど難しくないといったことも述べられています。
他にも、金融機関は融資の網の目で国内産業とつながっているため、銀行株を通じて市場全体に投資することもできると書かれています。
4.ヘッジファンドの投資戦略
第4章は、ヘッジファンドについての内容となっています。
個人投資家をターゲットにしたオフショア(=租税回避地)籍のヘッジファンドは玉石混淆で、玉よりも石のほうがはるかに多いと言います。
そもそも、競争力のあるファンドは機関投資家や富裕層の出資で運用を開始できるため、個人投資家向けに小口で販売するということ自体、ファンド業界の”第一次面接”で脱落したことを意味するのです。
そして、ヘッジファンドの手法としては、次のようなものが挙げられています。
- ロングショート戦略:アナリストの徹底した調査分析に基づいて、割安な株を買い、割高な株を売る。
- マクロ戦略:グローバル経済の歪みから利益を得る。
- マーケットニュートラル:金融工学を駆使した投資戦略。空売りやオプションを使って、価格変動に対して中立なポジションを取る。
- M&A裁定・イベントドリブン:合併・買収や、財務リストラ、経営破綻など、様々な出来事(イベント)から生じた資産価格の歪みに注目する手法。
- CB裁定:転換社債(CB)と現株との価格差から利益を得ようとする。
また、これらの戦略に関しては、どれも裁定取引という原理のバリエーションに過ぎないとも述べられています。
なお、第4章では、オプション取引についても基本的な解説がなされていますが、ここでは割愛させていただきます。
オプションに関しては、基本からやや応用的な内容まで、当ブログでも以下のような内容で解説していますので、興味のある方はご参照いただければと思います。
- オプション取引① コールとプット
- オプション取引② プレミアム(本質的価値と時間価値)
- オプション取引③ グリークス(ギリシャ指標:デルタ、ガンマ、セータ、ベガ)
- オプション取引④ オプション取引戦略(ストラドル、ストラングル、現金確保プット売り、ネイキッド・プット売り、カバード・コール)
5.お金持ちの実像
終章では、お金持ちの実像について書かれています。
まずは、トマス・スタンリー著の『となりの億万長者 成功を生む7つの法則』の中にある「期待資産額」という指標と、次のような方程式が紹介されています。
期待資産額=年齢 × 年収/10
保有している純資産が、この期待資産額を上回っていれば「お金持ち(蓄財優等生)」、下回っていれば「貧乏人(蓄財劣等生)」というわけです。
この方程式は、アメリカの典型的な億万長者が、労働者階級の暮らす下町のありふれた家に住んでいるという発見に基づいているとあります。
スタンリーが描くアメリカのお金持ちは、安物のスーツを着て、頑丈だが燃費のいい車を乗りつぶすなど、とても質素な生活をしているのです。
そして、平均年収の倍の収入を得て(夫婦ふたりで働けば達成可能)、収入の10~15%を貯蓄に回す倹約をつづけていれば、誰でも億万長者になれるとスタンリーは言います。
また、ロバート・フランク著の『ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態』の中にある、「リッチスタン」という概念についても紹介されています。
「リッチスタン」というのは、新富裕層の集団を国家に見立てたもので、この国の住人は以下のような3つの階層に分けられます。
- ロウアー・リッチスタン:純資産100万~1000万ドル
- 企業幹部、医師、弁護士、銀行員、デザイナー、アナリスト、資産運用マネージャーといった高学歴の専門職。
- 郊外の建売大型住宅に住み、SUVを乗り回す。
- 資産の半分以上を給与所得から、約3分の1を投資利益から得ている。
- ミドル・リッチスタン:純資産1000万~1億ドル
- 専門職の中でも特に所得の高い人たち、起業家や企業オーナー。
- 大半が別荘を持ち、美術品を収集する余裕もある。
- アッパー・リッチスタン:純資産1億ドル以上
- 成功した起業家(ビル・ゲイツ)や資産運用家(ウォーレン・バフェット、ジョージ・ソロス)。
- 広大な敷地に大邸宅を構え、慈善事業にも熱心。
- 家計を預かるファミリーオフィスはそれ自体がひとつの企業である。
こうしたリッチスタンの多くは、自力でのし上がってきた人たちであり、資産を相続で得た富裕層は、全体の10%にも満たないと言います。
ただ、リッチスタンの中でも深刻な格差問題が生じており、ロウアー・リッチスタンは、リッチスタン国の中で相対的に貧しくなっているとも書かれています。
なお、終章では「ドルコスト平均法」についても触れられています。
ドルコスト平均法というのは、資金を時間軸に分割して投資することで、長期投資を行うに当たってよく推奨されるものになります。
ただ、ドルコスト平均法は常に有利というわけではありません。
株価が一方的に下落すれば、ナンピン買いによって投資単価を切り下げても結局は大損するだけとなってしまいます。
逆に、株価が右肩上がりに上昇するならば、最初から全資産を投入したほうがずっといい結果を生むことになります。
そのため、ドルコスト平均法が効果を発揮するのは、短期的には価格が変動するものの、長期で見れば上昇していく場合となるのです。
6.総括
本書は冒頭にも書いたように、『臆病者のための株入門』の上級者版という位置付けです。(リンク先はレビュー記事になります。)
また、その内容は、プライベートバンク、為替、海外・国内ETF、ADR・GDR、為替、ヘッジファンド、タックスヘイヴン、税金など、多岐にわたります。
ただ、本書にも書かれているような、ETFを利用した全世界市場への投資を実践する上では、本書の内容はかなりの部分が必要ないものだと言えます。
特に、第5章のタックスヘイヴンや、第6章の租税回避に関する内容などは、知らなくても全く問題ないものです。
そして、インデックス投資を実践する上では前著の内容だけで十分ですし、具体的な国内・海外ETFについては、モーニングスターのサイトなどで調べれば事足ります。
さらに、日本の証券口座では扱われていない海外ETF、ADR・GDRについても、「think 180 around」というサイトなどで調べることができます。
とはいえ、著者は作家ということもあり、本書は読み物としては面白いので、興味のある方は読まれてみてもいいかもしれません。