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1.アンカリング効果とは
アンカリング効果のアンカーとは、船を固定する錨(いかり)のことで、錨で船を固定することをアンカリングといいます。
そこから転じて、先に見た数値などの情報が、その後の意思決定や判断に大きな影響を与えることをアンカリング効果というようになったのです。
先に見た情報が基準点となることで、その基準点を基に判断するようになる傾向があるというわけです。
このアンカリング効果は、マーケティングの分野やNLP(神経言語プログラミング)のワークなどでも利用されます。
マーケティングの分野でいうと、例えばある商品がメーカー希望小売価格149800円のところ、期間限定や先着限定などで98000円というように販売されることがよくあります。
これは、先に提示した149800円がアンカーとなって、次に提示した98000円が安く感じられるというアンカリング効果を利用しているのです。
さて、ここからは肝心の投資におけるアンカリング効果についてです。
投資においては主に、過去の市場価格が投資家の行動に影響を与えるということがアンカリング効果になります。
そして、過去の市場価格の中でも特に、過去の高値や安値をもとにして投資判断を下すことが多いといえるでしょう。
よく言われる投資の基本原則に、「安く買って高く売る」というものがありますが、この安いか高いかを判断する際には、どうしても過去の高値や安値を基準としてしまいがちで、これがまさにアンカリングであるということになります。
2.アンカリング効果の具体例
では早速、過去の市場価格が投資判断にどう影響を与えるのかということを、実際の例をもとにして見ていきたいと思います。
ここで取り上げるのは、世間でも一時話題になったオンラインゲーム運営企業である、ガンホーの株価です。
以下のチャートは、2012年8月1日から2013年2月1日までの株価を示したものになります。(同期間中にあった株式分割を修正した後の株価チャートになります。)
①ガンホー株価(2012/8/1~2013/2/1)
このチャートを見ると、2012年8月初旬の20円前後から、2013年1月下旬の160円前後まで、株価が8倍になっていることが分かります。
もし仮に、2012年8月初旬に20円前後でこの株を買って持っていたとしても、およそ半年後に160円前後になるまで、全く売らずに持っていたという人はそう多くないのではないでしょうか。
おそらく、株価が2倍の40円や3倍の60円になった段階で売ってしまったという人が多かったのではないかと思われます。
また、2013年2月初旬の時点では、チャート上で株価が高値圏にあるように見えるため、ここからこの株式を買うというのには勇気が要ります。
もちろん、チャートだけで株価が高いか安いかを判断するわけではないのでしょうが、それにしてもその時点で、この株式は相当に買いにくいものであったと推察されます。
そこで、株価がある程度下がったら買おうと思っていた投資家も少なくなかったはずです。
では、それを踏まえて今度は以下のチャートをご覧下さい。
なお、このチャートの開始は①のチャートと同じ2012年8月1日ですが、そこから2013年6月1日までと、より長期間の株価を示したものになります。(同期間中にあった株式分割は、前掲のチャートと合わせる形で修正した後の株価チャートになります。)
②ガンホー株価(2012/8/1~2013/6/1)
このチャートの橙色の矢印の部分が、前掲のチャートの右端、つまり2013年2月初旬の160円前後の部分を示しています。
ここから分かるように、前掲のチャートで高値圏にあるように感じたところから、それまでの上げ以上に勢いよく上昇しています。
具体的には、橙色の矢印の部分(160円前後)から、2013年5月中旬の1300円前後まで、株価は8倍以上となっています。
20円から160円までは約半年間かけて8倍になったのに対し、そこからわずか四カ月間で1300円とさらに8倍になったことになります。
このチャートの橙色の時点で、まさかここまで株価が上昇するなんてことを予想できた人はおそらくほとんどいなかったことでしょう。
ここで挙げたガンホーの株価の例は、かなり極端なものではありますが、過去の市場価格が投資判断にいかに影響するのかということが少しでもお分かりいただけたのではないでしょうか。
そして、この例のように過去の、もしくは直近の株価の高値をもとに投資判断を下してしまうと、その後の大きな収益の機会を取り逃がしてしまうことにもなりかねないのです。
3.アンカリング効果に注意が必要なその他の状況
次にですが、これとは逆の場合も当然あり得ます。
それは、過去の、もしくは直近の安値をもとにして投資判断を下してしまうということです。
株価が過去の値動きから見て安値圏にあることから、そろそろ底打ちだろうと思って買ってみた後に、そこからさらに株価が下がってしまったというケースです。
そういった場合には、予想に反して大きな損失を被ってしまうことにもつながりかねません。
ですから、過去の値動きは決して当てにはならず、値ごろ感だけで売買をすることには注意が必要であるといえます。
ここでは詳しい説明は省きますが、市場というのは、特にバブルや暴落時ではない平常時には、ほとんどランダムともいえる動きをしています。
そのため、市場価格が上がり過ぎたように見えても、さらに上がり続けるということが当然起こり得ますし、その逆もまた然りとなります。
とは言え、私たちの多くが過去の値動きを多少なりとも参考にして、投資判断を下してしまっているというのも事実です。
それは例えば、直近の市場環境が良くない時には、専門家などの予測も先行きに対して悲観的な方向に傾きがちなことからもいえるかと思います。
逆に、市場環境が良い時には、専門家の予測も強気に傾きがちとなり、そういった傾向が、短期的には直近のトレンド(傾向)をより一層強化する方向に働いているという見方もできます。
また、そういった上下いずれかへ片寄った動きを示すトレンド相場といわれるものがある一方で、ある一定範囲の値幅内で上下動を繰り返すような値動きが見られることがあります。
いわゆるレンジ相場やボックス相場、あるいは保ち合い相場などと呼ばれるものです。
ちなみに、その一定範囲の値幅の下限に引かれた線は支持線、上限に引かれた線は抵抗線と呼ばれます。
レンジ相場では、市場価格が下落して支持線に近づくと反発して上昇したり、逆に上昇して抵抗線に近づくと反転して下落したりといった値動きがよく見られます。
つまり、市場価格が支持線と抵抗線の間を行き来するような値動きが見られたりするのです。
そして、こういったレンジ相場においても、当然ですがどこかでその一定範囲の値幅内から、上下いずれかに大きく抜け出すときというのが必ず訪れます。
しかし、過去の値動きに捉われ過ぎてしまっていると、市場価格が支持線を割ったり、抵抗線を抜けたりといった動きを多少したところで、そのうちまたレンジ内に戻るだろうと高を括ってしまい、それが大きな損失へとつながりかねません。
ですから、以上のように市場価格が上がり続けていたり、下がり続けていたりといった一方向へのトレンドが見られるときはもちろん、市場価格が上下動を繰り返すようなレンジ相場においても、過去の値動きに捉われ過ぎないように注意が必要だということです。
4.アンカリング効果への対応策
ここまで、過去の値動きに捉われ過ぎてしまってはいけないと書いてきました。
ただ、誤解していただきたくないのですが、過去の値動きを参考にすること自体は全く構いません。
ここで私が言いたかったのは、過去の値動きはあくまでも参考に過ぎず、将来のことに関してはあらゆる値動きをする可能性があるということを常に念頭に置いておく必要があるということなのです。
そして、そのことは投資戦略を構築する際にも、あらかじめ加味しておくべき事柄であると言えます。
つまり、極端な値動きに対してもある程度対応できるように、あらかじめ投資戦略を練っておきたいということです。
その具体的な投資戦略への落とし込み方の例として、再び本章の冒頭で示したガンホー株の値動きをもとにして考えていきたいと思います。
こういった銘柄を購入する際など、大きな値上がりを期待して購入するような場合には、やはり大きな値上がりを十分に取れるような戦略を考える必要があります。
そのための一例としては、購入時に2単元以上の株式を購入しておいて、2倍になったら1単元の株式を売却し、残りは10倍以上になるまで売却しないという手仕舞い(出口)戦略を取ることが考えられます。
一部を利益確定しておき、残りをなるべく長期にわたって保有することで、大きなストレスなく、十分な値上がり益を享受することが可能になるというわけです。
このように、自分の投資戦略を構築する際には何らかの形で、市場が予想外の極端な値動きをしたときにどう対応するのかを考えておくことが望ましいと言えます。
それをするかしないかで、大きなパフォーマンスの差が生じてしまうと考えられるからです。
ここまで、アンカリング効果について書いてきましたが、実際のところ、私たちがアンカリング効果の呪縛から完全に逃れるのは困難です。
ですから、アンカリング効果の影響を受けてしまうのはやむを得ないという姿勢で、投資戦略を構築する方が実戦的であると言えます。
そのためにも、過去の市場の様々な値動きを見ておくことが、今後の市場の展開を考える上で大いに役立ちます。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」といいますが、成功している投資家というのはよく勉強もしていますし、過去の出来事にも精通していることが多いものなのです。