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1.購買力平価説とビッグマック指数
購買力平価説というのは為替レートを説明する理論の一つで、二国間の物価を比較することで為替レートの水準を測ろうとする考え方のことです。
購買力平価説の例としてよく挙げられるものの一つに、経済誌「エコノミスト」で毎年発表されているビッグマック指数というものがあります。
これは世界中にあるマクドナルドで販売されているビッグマックの価格を比較することで、ある二国間の為替レートの妥当な水準が決定されるだろうという大変シンプルな概念です。
しかし実際には、ビッグマックの大きさや購入時の消費税、原材料への補助金制度などが国ごとに異なるため、そう単純に比較できるものではないという限界があります。
ただ、このビッグマック指数に関しては、購買力平価説をイメージする上で役立つのではないかと思い、初めに取り上げました。
さて、改めて購買力平価説についてですが、これには絶対的購買力平価説と相対的購買力平価説とがあります。
2.絶対的購買力平価説
まずは、絶対的購買力平価説について書いていきます。
これは先に書いたビッグマック指数と同じような概念です。(ビッグマック指数がこの絶対的購買力平価説の例に含まれることもあります。)
どういうことかというと、絶対的購買力平価説は、同一のモノやサービスの価格は自由に取引が行われる市場においては同じ価格になる、という一物一価の法則という経験則に基づいています。
とはいえ、国家間の取引には関税や消費税、輸送料など様々なコストがかかり、それらも国ごとに異なってきます。
ですから、絶対的購買力平価説で為替レートを説明するのにもやはり限界があるのです。
3.相対的購買力平価説
次に、相対的購買力平価説についてですが、単に購買力平価説と言った場合にはこちらのことを指すのが一般的かと思います。
相対的購買力平価説というのは、ある時点を基準として、そこからの二国間の物価変動率の比によって為替レートが決まるという考え方です。
こう書くと分かりづらいのですが、物価というのは文字通りモノの価格のことで、モノの価格が上がっているということは、モノを買うのに必要なお金の価値が下がっているということの裏返しでもあります。
つまり、例えば一方の国で大きく物価が上昇した場合、それはその国の通貨が安くなったということでもあり、それが為替レートに反映されるという考え方になります。
そして、具体的には相対的購買力平価は以下の式で計算されます。(ドル円の場合)
相対的購買力平価=基準時点での為替レート×(日本の物価指数/米国の物価指数)
この式にある基準時点に関しては、一般にドル円相場では1973年5月前後の1ドル=265円が用いられます。
また、この式では日米両国の物価指数を使用しますが、一口に物価指数といっても様々な種類があるのです。
4.相対的購買力平価の算出に用いる主な物価指数
その中でも、相対的購買力平価の算出に使われる主なものが以下になります。
- 消費者物価指数
- 生産者物価指数(米国)、企業物価指数(日本)
- 輸出物価指数
なお、これらを用いて求めた最新の購買力平価の図やその原データは、公益財団法人の国際通貨研究所のサイトで公開されており、ドル円以外にもユーロドルやユーロ円についても載っていますので、よろしければご参考下さい。
そして、それをそのまま載せても良かったのですが、敢えて一から各物価指数のデータを集め、相対的購買力平価を算出してみました。
というのも、上記サイトの原データでは、1973~2006年までは年次のデータしかなく、ドル円のレートに月間の平均値を用いていることなどにやや違和感を感じたためです。
その結果かなり悪戦苦闘したのですが、結論から言うと、上記サイトの図とほぼ同じ結果となりました。
しかし、図の方はほぼ同じようなものであるにもかかわらず、算出したデータの方は上記サイトの原データとかなり異なるものとなったのです。
その理由としては、一口に消費者物価指数や生産者物価指数といっても、さらにその中で様々なものがあり、算出に用いるデータが異なっていたためではないかと思われます。
そのため、ここからは相対的購買力平価の算出にどのような物価指数のデータも用いたかを書いていくとともに、各物価指数がそれぞれどういったものかについても簡潔にまずは書いていきたいと思います。
4-A.消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)
消費者物価指数(CPI)とは、消費者が購入するモノやサービスの価格を指数化したもので、「経済の体温計」とも呼ばれ、経済・金融政策の判断材料にも用いられる重要な指標となっています。
CPIは、日本では総務省統計局から、米国では労働省労働統計局から毎月発表されています。
日本のCPIには主に、全てを対象とした総合指数、そこから生鮮食品を除いたコアCPI、食料(酒類を除く)とエネルギーを除いたコアコアCPIがあります。
生鮮食品の価格は天候等に大きく左右され、石油や天然ガスなどのエネルギーも外部要因に大きく左右されることから、これらの影響を取り除いたものが、物価の基調を判断する上で有用とされます。
なお、日本で言うところのコアコアCPIを、世界的にはコアCPIと呼ぶことには注意が必要です。
そして今回、消費者物価PPP(PPPは、purchasing power parityの略で購買力平価のこと)を算出するに当たっては、日米ともに食料およびエネルギーを除いた総合指数を用いています。
4-B.生産者物価指数(米国)、企業物価指数(日本)
4-B-1.生産者物価指数(PPI:Producer Price Index)
生産者物価指数(PPI)というのは、米国内の製造業者の販売価格を指数化したもので、こちらも景気動向を占う重要な指標となります。
また、PPIはCPIよりも早くインフレに反応することで知られ、インフレ率の判断にも用いられます。
PPIは、製造段階別(最終財、中間財、原材料)、品目別、産業別と細かく分類されており、CPIと同じく労働省労働統計局より毎月発表されます。
そして、PPIにも総合指数の他に、食料やエネルギーを除いたコアPPIがあります。
今回、生産者物価PPPを算出するに当たっては、最終財のコアPPIを用いています。
4-B-2.企業物価指数(CGPI:Corporate Goods Price Index)
一方、日本では米国の生産者物価指数(PPI)に近い、企業物価指数(CGPI)というものを日銀が毎月発表しています。
CGPIは、企業間で取引される商品の価格を指数化したもので、2002年11月までは卸売物価指数(WPI:Wholesale Price Index)として発表されていました。
PPIと同様に、景気動向や金融政策の判断材料とされ、CPIを予測する指標としても注目されるものになります。
そして、CGPIには基本分類指数として、国内企業物価指数、輸出物価指数、輸入物価指数の3つがあります。
今回、企業物価PPPを算出するに当たっては、総平均の国内企業物価指数を用いています。
4-C.輸出物価指数(EPI:Export Price Index)
輸出物価指数(EPI)は、その名の通り輸出品の価格を指数化したものになります。
日本では、4-B-2のところで書いたように、企業物価指数の一つとして日銀が毎月発表しています。
一方、米国では労働省労働統計局より毎月発表されています。
そして、EPIは生産者物価指数や企業物価指数の動向を測るのに用いられています。
また、EPIの上昇は輸出品の需要低下につながることによって、その国の通貨安に働くという見方もあります。
5.購買力平価とドル円相場
さて、ここからは上記のように各種物価指数をもとにして算出した購買力平価と、ドル円相場の推移を示した図を見ていきたいと思います。
なお、輸出物価PPPに関しては、米国の輸出物価指数データの都合上、1983年9月以降のものとなっています。
各種購買力平価とドル円相場の推移(1973年1月~)
この図を見ると、1980年代後半以降のドル円相場は、概ね輸出物価PPPを下限、企業物価PPPを上限として推移してきたことが分かります。
それが、直近の2015年以降のほとんどの期間で、それまで上限となっていた企業物価PPPを上回って推移しています。
6.購買力平価から見るドル円相場
為替相場の変動には、例えば政策金利や金融政策、通貨の需給、国際収支、経済成長率、政治情勢など、様々な要因が影響してきます。
ですから、購買力平価のみで為替相場を考えるのにはもちろん限界があるのですが、ここではそれを承知の上で購買力平価の観点からドル円相場について言及してみたいと思います。
前述したように、1980年代後半以降のほとんどの期間では企業物価PPPを上限としてドル円相場が推移してきたを考えると、直近では企業物価PPPを上回ってはいるものの、どちらかというと円高方向への圧力がかかりやすいのではないかと思われます。
なお、直近の2017年8月のデータで企業物価PPPは106.4円となっています。
また、1973年以降の推移を見る限りでは、ドル円相場は消費者物価PPPを概ね上限としています。
そして、直近の2017年8月のデータで消費者物価PPPは128.2円となっていますが、仮にここからさらに円安が進むにしても、この128.2円を大きく超えて円安になるということは考えにくいのではないでしょうか。
このように、購買力平価は長期的な視点で為替相場を考える際には有用なものだと言えそうです。