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1.市場の価格変動の特徴
まずはファット・テールについて書いていく前に、その前提となることについて触れていきたいと思います。
それは、詳しくは効率的市場仮説と行動ファイナンス理論のところで書いたのですが、効率的市場仮説のもとでは、市場価格の変動は完全にランダムなものとなり、その騰落率(変動率)は正規分布に従うということです。
しかし実際の市場では、例えば大暴落やバブルといった、正規分布からはほとんど起こり得ないとされるような行き過ぎた事象が、想定されるよりも頻繁に起きています。
これはつまり、実際の市場における価格変動が、完全に正規分布に従うわけではないということです。
では、実際の市場における価格変動率の分布がどうなっているのかというと、正規分布曲線(ベルカーブ)に比べて、中央の山の左右両端にある裾野(すその)の部分が厚くなっているのです。
これは文章だけだと分かりづらいので、実際に図で示したいと思います。
以下の図は、1949年6月1日から2017年9月8日までの日経平均株価における、日次騰落率の頻度分布を表した図で、橙色の縦棒の集合はヒストグラム(度数分布図)と呼ばれるものです。
日経平均株価の日次騰落率ヒストグラム(1946年6月1日~)
例えば、上記の期間で日経平均株価の日次騰落率が0.2~0.6%(横軸には0.4で表示)の日は3097回あったという見方をします。
また、青い曲線はこのヒストグラムをもとにした正規分布曲線を重ねて描画したものです。
なお、上記期間における日次騰落率の最大値は約22.2%、最小値は-17.2%でしたが、この図では便宜上、5%以上および-5%未満の頻度はまとめて表示しています。
さて、この図からは、左右両端の棒グラフが正規分布曲線よりも上に飛び出ているのが見て取れます。
これが前述した、左右両端の裾野の部分が厚くなっているということの意味です。
2.ファット・テール
そして、この厚い裾野の部分がファット・テール(fat tail)と呼ばれ、これは直訳すると「太い尻尾」という意味になります。
ファット・テールは、正規分布からはとても想定できないような極端な変動を起こす、相場の大暴落などにより形成されます。
そのため、そうした相場の大暴落などはテールリスクと呼ばれることもあります。
ちなみに、テールリスクはブラック・スワンと呼ばれることもあります。
このブラック・スワンというのは「黒い白鳥」という意味ですが、これはナシーム・ニコラス・タレブの著書『THE BLACK SWAN』の中に書かれている逸話に由来します。
それは、オーストラリア大陸で黒い白鳥が発見されたことにより、白鳥は白いものだというそれまでの常識が覆されてしまったというものです。
そこから、事前にはほとんど想定されておらず、一度起きてしまうと大きな衝撃をもたらすような事象のことを、ブラック・スワンと呼ぶようになったのです。
3.ブラック・スワンの例
このブラック・スワンの代表的な例として、世界的な株価大暴落となった、1987年10月19日のブラックマンデーが挙げられます。
このとき、アメリカの代表的な株価指数であるダウ平均株価は、1日で22.6%もの大暴落となりましたが、これは過去の市場データからすると、20標準偏差に相当するものでした。
ちなみに、市場の日々の値動きが1標準偏差内に収まる確率は約68%、2標準偏差だと約95%、3標準偏差だと約99%となります。
ですから、20標準偏差に相当する値動きというのは、仮に50億年間、毎日取引をしたとしても一度も起こり得ないほど、起こる確率が低い出来事のはずでした。
地球の誕生が約46億年前、最初の人類の誕生がおよそ400万年前とされていることからも、このブラックマンデーの値動きが、絶対にあり得ないようなレベルのものであったことが分かります。
また、ブラックマンデーほどではなくても、日経平均株価の1日に10%を超えるような下落というのが、何度か起きています。
参考までにですが、下図は1949年6月1日以降の日経平均株価の推移とその日次騰落率を示したものになります。
日経平均株価と日次騰落率(1946年6月1日~)
この図からは、1987年以降では1日に10%を超えるような下落というのは、1987年10月20日、2008年10月16日、2011年3月15日と3回あったことが分かります。
ここで、日経平均株価の年率ボラティリティ(価格の変動幅)を、過去10年の市場データの平均に近い値である25%と仮定し、値動きは正規分布に従うものとします。
すると、1日に10%を超えるような下落というのは、2000万年に一度も起こり得ないようなものになります。
しかし、実際の市場ではそういったことが一度や二度ならず起きており、それによってファット・テールが形成されているのです。
4.ブラック・スワンはなぜ起こる?
では、なぜブラック・スワンのような事象が、想定されるよりも高い頻度で起こってしまうのでしょうか?
その大きな理由としては、行動ファイナンス理論でいわれるように、投資家は必ずしも合理的ではなく、感情や心理状況に左右される存在であるということが考えられます。
確かに市場が平穏なときは、市場価格が適正と思われる価格から大きく逸脱することは少なく、ほとんど効率的とみなしてよい市場環境となります。
しかし例えば、市場価格が急に大きく下落したりすると、買い持ちしているポジションの損失が膨らんでいく恐怖に耐え切れず、パニックになって投げ売りする投資家が現れます。
そして、その売りが市場価格をさらに下落させることとなります。売りが売りを呼ぶことで、下落が加速していくのです。
そこには、投資家が金融商品を売る合理的な理由などありません。あるのはただ、市場価格が下落し、さらにどこまで下がるのか分からないという恐怖心だけです。
そうした恐怖心から狼狽し、理性や判断力を失い、我を忘れて投げ売りしてしまう投資家が少なくないのです。
このように大暴落などの局面では、投資家の感情や心理状況による影響が特に大きなものとなります。
市場に参加する投資家たちの感情や心理が、悲観的な方向へと大きく偏ってしまうことで、大暴落のような行き過ぎた市場価格が形成されるのです。
5.ブラック・スワンを念頭におく
さて、本来であれば、ブラック・スワンのような局面というのは、非常に割安な市場価格となっており、絶好の買い場であるはずです。
ただ、そこで恐怖心を乗り越えて金融商品を買っていくというのは決して容易なことではありません。
もっとも、これには恐怖心だけでない別の理由もあります。
それは、こういった絶好の買い場で、金融商品を買うための十分な資金的余裕がない場合が多いということです。
つまり、普段から資金枠いっぱいに取引をしてしまっているため、いざという時に買いに回せる資金がないという投資家が多いのです。
そして、こうした絶好の買い場で金融商品を買うための資金をどれだけ準備しておけるかが、投資の成否を分ける鍵であると考えています。
もちろん、常に資金に余裕を持たせておくことにより、普段のパフォーマンスは落ちてしまうことになり、これは一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないというトレードオフの関係にあるといえます。
そういったなかで、資金枠のうちどの程度の割合を取引せずに残しておくかというのは難しいところですが、用心をしておくに越したことはありません。
投資では、統計学的手法に基づいて徹底したリスク管理を行っていても、ブラック・スワンにより大きな損失を出してしまうといったことがあるためです。
ですから、投資戦略を練る上では、通常のリスク管理はもちろんですが、ブラック・スワンのような事態が起こった際にどうするのかも、ある程度考慮しておくことが大事になってきます。
ブラック・スワンの可能性を常に念頭に置いておくかどうかで、長期的な結果には大きな違いが現れてくるのです。