1.プロスペクト理論とは?
プロスペクト理論というのは、心理学に基づいた理論で、不確実な状況下で人がどのような意思決定を行うかを説明するものになります。
このプロスペクト理論は、行動ファイナンス理論に出てくる投資家心理の中でも代表的なものです。
行動ファイナンス理論については、効率的市場仮説と行動ファイナンス理論のところでも書きましたが、市場というのは必ずしも合理的であるとは限らず、投資家の感情や心理状況に大きく左右されるものであるという理論になります。
まずは簡単にですが、プロスペクト理論ではよく次のようなことが説明されます。
それは、人にはリスクを過度に嫌う傾向や損失回避傾向があり、その結果、利益はすぐに確定し、損失は放置し塩漬けにしてしまう傾向があるということです。
つまり、投資における基本的な考え方である、損を小さくして利益を大きくするという「損小利大」とは逆のことを行ってしまう傾向があるというのが、よくプロスペクト理論でいわれることになります。
これも含め、プロスペクト理論では他にも説明されることがいくつかあるので、順を追って書いていきたいと思います。
2.価値関数
プロスペクト理論は主に価値関数と確率加重関数の2つの要素から構成されます。
ここでは、まず前者の価値関数の方からみていきますが、以下の価値関数のグラフを参照しながら読んでいただければと思います。
価値関数のグラフの中心にある参照点というのは、価値を判断する際の基準となる点のことです。
例えば、10万円が100万円に増加したとき、100万円はとても大きな金額に感じられます。一方で、1000万円が100万円に減少してしまった場合には、100万円はとても少額に感じてしまいます。
このように、10万円や1000万円のような基準となる点によって、同じ100万円でも価値判断が変わってきます。
この基準となる点を参照点といい、参照点からの変化によって価値が決まってくることを「参照点依存性」といいます。
そして次に、価値関数のグラフで縦軸は価値を表しています。上にいくほど喜ばしく、下にいくほどショックなものと考えると分かりやすいかと思います。
それを踏まえて、グラフ上のA点とB点を見ていただくと、それぞれ参照点からの距離は等しいものとなっていますが、①と②では②の方が長くなっています。
これが何を表しているのかというと、同額の利益と損失を比較した場合、損失のショックの方が利益の喜びよりも大きいということです。
このことに関して、具体的な例を挙げて考えてみます。試しに、以下の①と②の質問について、それぞれAとBのいずれを選ぶか考えてみて下さい。
①A…必ず100万円がもらえる。
B…50%の確率で200万円がもらえるが、残り50%の確率で1円ももらえない。
②A…必ず100万円を支払わなければならない。
B…50%の確率で200万円を支払わなければならないが、残り50%の確率で1円も支払わなくてよい。
いかがだったでしょうか?
結果から言うと、①の質問ではAを選ぶ人が多いのに対し、②の質問ではBを選ぶ人が多くなります。
既にお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、①と②のどちらの質問にしても、AとBの選択肢で期待値は等しくなっています。
ですから、確率論的にはどちらを選ぶかによって有利不利が決まるということはないとされます。
にもかかわらず、①ではAを、②ではBを選ぶ人が多いということから、損失の場合はリスクをとってでも損失を回避しようとする心理が働きやすいということが分かり、これを「損失回避性」といいます。
また、利益の場合には確実に利益を得ようとしてリスク回避的となる一方で、損失の場合には損失を避けようとしてリスク志向的となることも分かり、これを「リスク態度の非対称性」といいます。
そしてもう一度、価値関数のグラフに戻って見てみると、利益と損失の両方とも大きくなるほど、グラフの傾きがなだらかになっていくことが分かります。
これは例えば、もともと100万円で購入した資産があり、それがどんどん値下がりしていってしまったとします。
そのとき、最初に100万円から90万円へと10万円値下がりしたときのショックと比べて、その後も値下がりし続けて、70万円から60万円へと値下がりしたときのショックの方が小さくなるということを表しており、これを「感応度逓減」といいます。
以上のように、価値関数からは様々なことが読み取れ、しかも投資に関係してくることが多いものでもあるのです。
3.確率加重関数
次に、プロスペクト理論のもう一方の要素である、確率加重関数について書いていきたいと思います。
まずは、以下にある確率加重関数のグラフを見ていただければと思います。
このグラフが示すように、確率加重関数からは、実際の(客観的な)確率が小さいときには過大評価し、実際の確率が高いときには過小評価してしまう傾向があるということが分かります。
ちなみに、その境界は0.35付近にあるとされています。
この確率加重関数のうち、まずは低い確率を過大評価してしまうことの身近な例として、宝くじや保険が挙げられます。
宝くじでは、高額賞金の当選確率はほぼゼロといっても差し支えないくらいで、高額当選することはまずありません。
しかも、購入者に配分される還元率は45%と半分以下であり、かなり不利なギャンブルでもあります。
まさに、「宝くじは愚か者に課せられた税金」といわれるのも一理あります。
にもかかわらず、例えばジャンボ宝くじでは発売される度に、人気の売り場に長い行列ができるほど売れており、むしろ不況のときほど宝くじがよく売れるともいわれます。
保険に関しても、万一への備えと言われることからも分かるように、支払った累計の保険料以上に大きく保険金が支払われることは稀です。
保険商品は当然、保険会社が儲かるように出来ていますし、大手保険会社の立派なオフィスビルや多数の営業マンがいることをみれば、それは明らかです。
日本人は保険好きと言われたりもしますが、本来であれば保険も本当に必要と思われるものだけに絞って加入する必要があります。
保険に関しては本題から外れてしまうのでここでは書きませんが、医療保険と生命保険については私のブログで分かりやすく書いていますので、よろしければ参考にしてみて下さい。
宝くじや保険の他にも、自動車の事故はそれほど気にしなくても、それよりもずっと確率の低い飛行機の事故を気にしてしまうといったことも挙げられます。
飛行機事故では自動車事故に比べて、実際に起こってしまった時のインパクトが非常に強いため、こうした確率の錯誤が生じてくると考えられます。
一方で、逆に高い確率を過小評価してしまう例としては、起業や投資が当てはまるかと思います。
どういうことかというと、国税庁の会社生存率のデータベースでは、10年で9割以上の企業が倒産してしまうとあり、これはかなりの高確率といえます。
しかし、ほとんどの起業家はまさか自分が倒産するなんてことを、初めから想定していたりはしないだろうということです。
投資に関しては会社生存率のように明確なデータがあるわけではありませんが、9割が負ける世界といわれており、投資においても起業の現実と似たようなものだと思われます。
なお、起業や投資においては、高い確率を過小評価してしまうことの他に、倒産したり負けてしまったりする確率がここまで高いという現実があまり知られていないという面もありそうです。
もし、こういった現実が広く知れ渡っていたとしたら、起業や投資をしようとする人は、もっと少なくなるのかもしれません。
他にも高い確率を過小評価してしまう例として、これは確率としては境界となる0.35とほとんど変わらないので、決して高い確率とはいえないのですが、離婚率が挙げられるかと思います。
現在、日本では約3組に1組が離婚するといわれますが、多くのカップルは結婚するときにそこまで高い離婚率を想定してはいないだろうからです。
ここまでいくつか例をみてきましたが、このように身近な事柄であっても確率を客観的に捉えるというのは難しいということが分かります。
まして投資においては、客観的な確率を測ること自体が困難なことも多く、そうなると主観的な確率の方もかなり恣意的なものとならざるを得ません。
つまり、確率加重関数から投資に関して言えることというのは、自分の主観的な相場予測はほとんど当てにならないということになります。
4.相場予測は重要か?
そして、この相場予測ということに関してですが、そもそも投資では、相場を正しく予測したりすることはほとんど重要ではありません。
投資で重要なことは例えば、金融商品の選び方、売買の仕方、資金管理など、他のところにあるのです。
しかし、相場を予測する精度を高めることが大事なことだと思い込み、そういった間違った努力をしてしまっている人が決して少なくありません。
ですから、そういった人たちにとっては、この確率加重関数から導き出される結論というのは、とても価値のあるものになります。
ただ、投資の本質を正しく理解している人にとっては、投資により直結してくるのはやはり価値関数の方だといえるでしょう。
そして、その価値関数における、「損失回避傾向」や「感応度逓減」により、損失が大きく膨らんでも放置してしまうということは出来る限り避けたいところです。
また、損失を抱えた状態でリスク志向的となることは傷口をさらに広げることにもなりかねません。
それは競馬に例えると、負けが込んできた際に、損を取り戻そうとして大穴狙いをするようなものです。
投資において最も重要なのは、リスク管理や守りであるというのは、成功している投資家の多くが言うことです。
彼らは例えば、連敗の後はトレード1回当たりにとるポジションの量を減らすなどといったリスク管理をしています。
普通であれば、負けが続くと熱くなって、今までの負けを取り戻そうと大きな賭けに出てしまいたくなるところですが、彼らはそれとは正反対のことをしているのです。
逆境のときほど熱くならずに、価値関数のことを念頭に置いて、冷静に対応する必要があります。
というよりも正確には、逆境における対応策を予め考慮しておく必要があります。
なぜなら、よほどの人でなければ、逆境の中で心理的な罠にはまらずにいられるということはかなり困難なことだからです。
ですから、まずはプロスペクト理論のような投資家心理を理解し、その上でこうした心理的な罠に対する対応策を予め練っておくことが重要なのです。
実はこれこそが、私たち投資家がしておくべきことであり、これをしておくかどうかが結果を分ける大きな違いとなるのです。
なお、他の投資家心理についても、これから当ブログで書いていきますので、そちらも併せてお読みいただければと思います。
5.プロスペクト理論から見えてくる銘柄選択のヒント
最後に、プロスペクト理論を別の観点から考えた際に見えてくることを一つだけ書いて終わりにしたいと思います。
ここで関係してくるのは、プロスペクト理論の価値関数から読み取れる、リスクを過度に嫌う傾向や損失回避傾向です。
そして、人にはこのリスクを過度に嫌うといった傾向があるために、リスクが高そうに見える商品は多くの人に敬遠されてしまうことになります。
結果として、リスクが高そうに見える商品の価格は、合理的に期待される価格よりも割安になる傾向があるのです。
逆に、手堅く安全そうに見えるような商品というのは、損失回避傾向を和らげるため、多くの人にとって買いやすいものとなります。
その結果、手堅く安全そうな商品の価格は、実際の価値よりも割高になってしまう傾向があるのです。
つまり、逆説的ではありますが、例えば大手優良企業などの株価は割高となっている可能性があり、投資という観点からすると必ずしも安全・安心であるとは言えないということなのです。
これは株式投資における銘柄選択の際に、とても参考になる考え方ですので、念頭に置いておいていただければと思います。