以下の記事では、銀価格について、世界の需給などといった観点から見ていきました。
その中で、銀相場は市場規模が比較的小さいため、大規模な投機資金の流入により、価格が大きく上昇することがあると書きました。
そして、ここではその過去の銀相場について書いていきたいと思います。
Contents
1.過去の銀相場
初めに、銀価格の長期チャートを見てみますが、以下の図は、1968年1月以降のLBMA銀価格の推移を示したものです。
この図から、銀価格は過去に大きく2つの山を形成していることが分かります。
なお、LBMAというのはロンドン貴金属市場協会のことで、LBMAは金や銀の現物(地金)取引の中心となっています。
また、銀価格は、1トロイオンス当たりのドル建てで表されます。
このトロイオンス(oz tr、oz t、ozt)というのは、貴金属などで用いられる重量の単位で、単にオンス(oz)ともいいますが、1オンスは約31.1グラムになります。
2.ハント兄弟の銀買い占め
まずは、1つ目の山から見ていきますが、そのピークは、1980年1月18日の49.45ドルとなっています。
そして、このピーク前後の銀価格の推移を原油価格とともに示したのが以下の図です。
1979年2月にイラン革命が起こったのですが、この図からも分かるように、そこから原油価格が急騰していきました。
それに対し、銀価格は1979年9月頃まで、緩やかな上昇にとどまっていました。
これに目をつけたのが、石油事業で財を成したハント兄弟でした。
ハント兄弟は、銀先物市場で大量の買い建てを行い、それにより銀価格が急騰を見せることとなったのです。
銀相場は、もともと市場規模が比較的小さかったため、大規模な投機資金の流入によりその価格が大きく上昇してしまったのです。
しかし、取引所の証拠金引き上げなどの規制強化により、ハント兄弟は買いポジションを維持できなくなり、その結果として銀価格は急落していきました。
特に、銀価格が暴落した1980年3月27日は「銀の木曜日(シルバー・サーズデー)」と呼ばれています。
なお、この銀相場の暴落により、ハント兄弟は破産へと追い込まれてしまいました。
3.ウォーレン・バフェットの銀買い占め
次の2つ目の山へと向かう前にですが、1996年にはバフェットによる銀買い占めがありました。
言うまでもないかもしれませんが、ウォーレン・バフェットは世界的に有名な投資家で、投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの会長兼CEOです。
バフェットは1996年に、当時の世界の年間銀供給量の約20%に当たる1億2900万オンス(約4000トン)の銀をを買い占めたと表明しました。
ただ、その際の銀価格の変動は、冒頭の銀価格の推移を見ても分かるように、限定的なものにとどまりました。
ちなみに、2006年にバフェットは、バークシャー・ハサウェイの年次株主総会で、大量の銀保有に関して、「早くに売りすぎて儲からなかった」と発言しています。
4.欧州債務危機・QE2などによる銀価格高騰
次に、銀相場の2つ目の山についてですが、この背景には欧州債務危機などがありました。
欧州債務危機は、2009年10月のギリシャ政権交代により、財政赤字の粉飾が明らかとなったことから始まります。
そして、欧州への信用不安がスペインやポルトガル、アイルランドなどへと拡大していったのです。
以下の図は参考までにですが、銀価格がピークをつけた前後の銀価格とギリシャ10年債利回りの推移を示したものになります。
また、アメリカにおいては、リーマン・ショック後の2008年11月から量的緩和政策(QE1)が行われていましたが、2010年6月までで終了となっていました。
しかし、欧州債務危機の影響もあり、QE1終了後の景気悪化からFRB(連邦準備制度理事会)は、2010年11月3日のFOMC(連邦公開市場委員会)後に、量的金融緩和第2弾(QE2)の実施を発表しました。
このQE2による緩和マネーやドルの価値毀損を懸念した投資家の資金が、商品市場などへと向かい、資産価格を押し上げることとなったのです。
さらに、2008年から2011年にかけて、太陽電池向けの銀需要が大きく増加していたことも重なって、銀への投機熱も高まっていきました。
このように、欧州の信用不安やアメリカの金融緩和、太陽電池向け銀需要への過度の期待などから、大規模な投機資金が流入し、銀価格が大きく上昇していったのです。
その結果、2011年4月25日に銀先物価格は、一時49.8ドルの高値をつけました。
以後は、このときも取引所の証拠金引き上げによって、銀価格は下落していくこととなりました。
5.金銀比価(法定比価)
ここでは最後に、銀価格を金価格との比較という観点で見ていきたいと思います。
金価格と銀価格を比較するものとして、金銀比価というものがあります。
金銀比価は一般に、先物市場や現物市場における金価格を銀価格で割ったものを指しますが、この金銀比価は市場価格から算出されるため、特に市場比価といったりもします。
一方で、金銀比価には市場比価に対して、法定比価といわれるものもあります。
法定比価というのは、法律で定められた金と銀との交換比率のことで、これには銀の貨幣としての歴史が関係してきます。
例えば、中世ヨーロッパなどでは金銀複本位制が採用されていましたが、その制度のもとで金と銀との交換比率(法定比価)が定められていたのです。
もう少し具体的に見ていくと、イギリスでは1717年に当時の造幣局長であったアイザック・ニュートンによって、金銀比価(法定比価)が1:15.21に定められました。
また、フランスでは1803年の鋳造法によって金銀複本位制が導入され、それと同時に金銀比価(法定比価)が1:15.5に定められました。
しかし、1860年から1870年代にかけて、世界各国が金本位制へと移行していったため、銀価格はその需要減とともに下落していき、金銀比価は上昇していくこととなったのです。
6.金銀比価(市場比価)の推移
さて、ここからは市場比価の方について見ていきたいと思います。
金銀比価は、GSR(Gold Silver Ratio)とも呼ばれますが、市場比価の方の金銀比価を、法定比価と区別する意味も含めて、以下ではGSRと表記していくこととします。
以下の図は、1973年11月以降のGSRの推移を示したものです。
この図から、1990年代半ば以降では、GSRが概ね40~80の間で推移していることが分かります。
そして、このGSRは世界的な金融危機の深刻度を測る尺度としても注目されることがあります。
これに関して、GSRの推移をアメリカの代表的な株価指数であるS&P500とともに示したのが以下の図です。(見やすくするために、GSRのスケールは反転しています。)
まず、2000年前後のITバブル崩壊に伴う株価暴落では、GSRが80前後となった時期がS&P500の大底とほぼ一致しています。
次に、2008年のリーマン・ショック後の株価暴落の際も、GSRが80を超えた時期とS&P500の大底とがほぼ一致しています。
ただ、直近においてはGSRが80を超えてきているものの、S&P500は上昇を続けているような状況となっています。
7.金銀比価(市場比価)の考え方
この直近の状況について検討する前に、GSRが金融危機の深刻度を測る尺度となっていた要因について見ていきます。
それは、金と銀それぞれの特性にあるといわれています。
つまり、金は「有事の金」ともいわれ、テロ・戦争などといった地政学的リスクや、金融不安などが高まったときに、金への資金逃避が起こることで金価格が上昇するとされます。
一方で、銀は工業用需要が多いため、金融危機などにより景気が減速したり後退したりすると、銀の需要減から銀価格が下落するとされます。
こういったことから、金融危機の際には金価格が上昇し銀価格は下落するため、その結果としてGSRが大きく上昇するというわけです。
しかし、以下の記事でも「有事の金」についての検証内容を書きましたが、「有事の金」は当てはまるときもあれば、そうでないときもあります。
また、銀に関しても、景気減速あるいは景気後退下でも、冒頭に書いたような特殊要因などによって、価格が上昇することがあります。
ですから、当然GSRに関しても、その値が金融危機の深刻度を測る尺度となることもあれば、そうでないときもあるということになります。
とはいえ、現在GSRが過去の推移の中でも高い水準にあることは事実です。
現在の金価格は1300ドル前後での推移となっており、2011年の8月や9月につけた1900ドル超と比較して、決して高すぎる水準にあるというわけではありません。
つまり、GSRという観点からは、それだけ現在の銀価格が割安な水準にあるといえます。
ただ、いくら割安であっても、その後上昇していくかどうかはまた別の問題です。
割安なまま放置されたり、さらに価格が下落してしまったりすることも十分に考えられるためです。
8.銀相場との向き合い方
そして、銀価格がこれから上昇していくかどうかは、やはりその工業用需要の動向にかかっているでしょう。
例えば、今後も間違いなく世界的に設置量が増加していく太陽電池向けの銀需要が、どこまで増加していくかといったことになります。
また、現在需要が伸びつつある電気自動車(EV)の制御機器向けなどといった、新たな需要が今後どれだけ増加してくるかも重要になってきます。
他にも、金と同様に安全資産と見なされて、世界的な金融不安やインフレ懸念などから銀価格が上昇するといったことももちろん考えられます。
銀は貴金属の中でも際立って安いため「貧者の金」と呼ばれることもありますが、金ほどではないものの、銀にも貨幣的な側面があるためです。
では、銀価格が上昇するとしたらどこまで上昇するかですが、余程のことがない限り、過去最高値の約50ドルを大きく超えて上昇するといったことはないと思われます。
それは、銀の場合には価格が大きく上昇すると、銀器や銀貨などを鋳潰して供給される量が非常に多いため、需給がひっ迫するような事態というのは考えづらいためです。
また、2011年前後に銀価格が大きく上昇した際にあったように、銀価格が高騰するとコスト削減のため、電子部品などの銀使用が節約されたり、銀の代替として銅が使われるようになったりといった省銀化も進みます。
実際に、太陽電池向けの銀需要においても同様のことが既に起きつつあります。
こういったことなどから、銀価格が今後大きく上昇するようなことがあったとしても、その上昇が長く続くといったことはないでしょう。
銀は、「Devil’s Metal(悪魔の金属)」や「Hi-β Gold(β値の高い金)」などとも呼ばれるように、ボラティリティ(価格変動性)の高い金融商品です。
ですから、銀に関しては、仮に安値で仕込んで買い持ちしていたとしても、ある程度上昇したら、そこでサッと売り抜けてしまうのが良いのではないかと考えています。