この記事の標題だけ見てしまうと、普段あまり聞き慣れないような言葉が出てきて、難しそうに感じられてしまうかもしれません。
ただ、私たちの目的はもちろん経済学者になることではありませんので、投資理論のエッセンスだけをなるべく分かりやすく書きました。
そしてこれらは、投資の本質を理解する上でも重要な概念ですので、少しだけ我慢してお付き合いいただければと思います。
1.効率的市場仮説とは
まずは、効率的市場仮説についてからです。
効率的市場仮説とは、市場はあらゆる情報を直ちに織り込むため、市場価格は常に合理的で適正な価格になっているという仮説です。
誤解を恐れずに、これを一言でいうならば、「市場は常に正しい」ということになります。
そして、新たな情報やニュースというのは、過去のものとは関係なくランダムに出てくるため、効率的市場仮説のもとでは、それらが直ちに織り込まれて、市場価格もランダムに変動することになります。
逆にいうと、市場が動くのは新たな情報が出てきたときであり、それもランダムに出てくることから、市場の先行きを予測することは不可能であるということになるのです。
このことをランダムウォーク理論といいます。(ランダムウォーク理論については、ランダムウォーク理論と著名投資家のところでも触れています。)
こういった効率的な市場では、全ての情報が直ちに価格に反映されるので、いくら過去の会社の財務情報や、過去の株価の動きを分析しても意味がないということにもなります。
株式市場を例に挙げると、投資家が適切な銘柄選択をしたり、市場のタイミングを測ったりすることによって、市場平均を超える収益を上げるのは不可能であるということになってしまうのです。
つまり、基本的にファンダメンタルズ分析やテクニカル分析によって、市場を超える収益を上げることはできないとされるのです。
2.効率的市場仮説への反証
また、効率的な市場では、市場価格はランダムな動きをするので、その変動は確率論や統計学でいうところの正規分布に従うことになります。
正規分布では、平均値付近で発生確率が最も高く、平均から離れるほど発生確率が低くなっていきます。
それを表した、左右対称の釣り鐘状の曲線であり、ベルカーブとも呼ばれる、正規分布曲線を見たことのある方も少なくないかと思います。
正規分布曲線を見ると分かるように、中央の平均値から左右両端にいくほど、発生確率が限りなくゼロに近づいていきます。
これはすなわち、平均から大きく外れるような事象は滅多に起こらないということを示しています。
しかし実際の市場では、大暴落やバブルなどのように、正規分布からはほとんど起こり得ないとされるような行き過ぎた事象が、想定されるよりも頻繁に起きているというのが現実です。
これはつまり、実際の市場の価格変動は、正規分布に完全に従うわけではないということです。
ここで改めて定義に戻りますが、効率的市場仮説では、市場価格は常に合理的なものになるとされていました。
一方で、市場に参加している投資家の一人ひとりは、新たな情報に対して過大評価したり、または過小評価したりと様々な反応を示すものだというように、現実的な想定がされています。
ただ、一人ひとりの反応がバラバラであっても、全体としては合理的な市場価格が形成されるというわけです。
そういったことを併せて考えてみると、大暴落やバブルといった状況で、正規分布を大きく逸脱するような価格変動が起きてしまう理由というのが、ある程度見えてきます。
それは、大暴落やバブルでは、市場に参加する投資家たちの反応や心理状態が、悲観的あるいは楽観的な方向へと大きく偏ってしまうためであると考えられます。
その結果として、全体としての市場価格も不合理なものとなってしまうというわけです。
以上のことからも、効率的市場仮説だけで市場を全て説明しようとするのにはやはり無理があるといえます。
3.行動ファイナンス理論
そこで、効率的市場仮説に相対する、あるいは補うものとして出てきたのが、行動ファイナンス理論です。
行動ファイナンス理論では、投資家は必ずしも合理的ではなく、感情や心理状況に左右される存在だとしており、そういった意味ではより現実に即した理論であるといえます。
なお、行動ファイナンス理論の中でよく出てくる投資家心理には、例えばプロスペクト理論などがありますが、これについては投資だけでない! 日常にもよく見られるプロスペクト理論のところで書いていますので、よろしければ参考にしていただければと思います。
この行動ファイナンス理論の中心的な提唱者の一人であるロバート・シラーは、「市場はときに心理学的な要因によって合理性を離れて暴走をする」と言っていますが、正にその通りだと思います。
そして、市場において合理的でない状況が生じることがあるのであれば、その不合理をつくことによって、市場を上回る収益を上げることができるのではないかと考えられます。
しかし、行動ファイナンス理論を以ってしても、市場がいつ、どこで、どれだけ不合理になるのかといった肝心なことに関しては、残念ながら全く説明ができません。
4.市場価格は予測できない
また、行動ファイナンス理論が台頭した現在でも、未だに効率的市場仮説がオプションなどの現代ファイナンス理論の前提として用いられ続けているのも事実です。
つまり、効率的市場仮説と行動ファイナンス理論では、どちらが優れているかというものではなく、どちらも有用なものになります。
そして、両者を組み合わせても説明できないほど、市場というのは非常に複雑で難解なものなのです。
ですから、当然に専門家であっても正確な市場予測というのはほとんど不可能であり、彼らの言うことを信用しすぎてしまうのは危険であるともいえます。
テレビや新聞のニュースでは毎日のように、専門家が日々の市場価格の変動要因をもっともらしく解説したりしていますが、あれも何かしらの理由付けをしているに過ぎず、完全に後講釈です。
例えば、日経平均株価が上昇した理由として、為替相場のドル円が円安になったためであるという説明がされることがよくあります。
しかし当然ですが、円安になれば毎回のように日経平均株価が上昇するわけではなく、他にも数え切れない程の要因や、時には想定もできないような要因が重なって、市場価格が動いていきます。
5.安易な理解は避けるべき
行動ファイナンス理論の大家の一人であるダニエル・カールマンが、「人は単純な因果関係による説明を好み、それを真実だと思い込むようにできている」と言っているように、人は単純明快な答えを求める傾向があります。
脳というのは多くのエネルギーを消費することもあり、よほど意識したり必要に迫られたりしないと深く考えようとはせず、どうしても楽な方へと流されてしまいがちです。
別に専門家を弁護するわけではありませんが、そういった人間の性質が、専門家のいい加減で無意味な解説への需要を生み出しているという面もあるように思います。
少し話が逸れましたが、いずれにせよ、どんな金融理論をもってしても解明できないほどに市場というのは複雑なものであり、そんな市場を予測しようとする専門家たちの言葉も全く当てにはならないというのは確かです。
たとえそれが、先ほど出てきたロバート・シラーのようなノーベル経済学賞受賞者や著名投資家の言葉であってもです。
それほどに金融市場というのは複雑で捉えどころのないものだということは、いくら強調してもし過ぎることはありません。