読書録・書評

【読書録・書評】『プライベートバンクは、富裕層に何を教えているのか?--その投資法と思想の本質』

ここでは、以下の書籍についてのレビュー、および関連する事柄についての考察を書いていきたいと思います。

1.書籍の概要

まずは、本書の概要からです。

本書では、プライベートバンクの概要や、その資産運用を含む顧客へのサービス内容について書かれています。

章立てとしては、以下のようになっています。

  • 第1章:プライベートバンクを利用する富裕層の実態
  • 第2章:知られざるプライベートバンクの世界
  • 第3章:富裕層とプライベートバンクはこうしてつながる
  • 第4章:プライベートバンクが教える資産運用の10原則
  • 第5章:プライベートバンクが教える富裕層向けの資産運用法
  • 第6章:私たちにもできるプライベートの資産運用法

ここでは、本書の中で気になった部分や参考になった部分について、一部を抜粋しながらレビューしていきたいと思います。

2.プライベートバンクとは?

プライベートバンクについては、本書の中で次のように説明しています。(一部改訂)

プライベートバンクとは自社の審査を通った富裕層だけにサービスを提供する金融機関の精鋭部隊のことで、海外にはプライベートバンクを専業で行っている会社もあります。

野村證券は日本の金融機関としては最大規模のプライベートバンク部門を有しており、野村證券のプライベートバンク部門(別名ウェルス・マネジメント部門)の顧客になる最低ラインは、現金や有価証券といったいわゆる流動資産で1億円以上。

なお、野村総合研究所(NRI)の2015年の調査では、日本で純金融資産が1億円を超える世帯を「富裕層」と呼び、その数は114.4万世帯2.16%)となっています。

また、純金融資産が5億円を超える世帯を「超富裕層」と呼び、その数は7.3万世帯0.14%)となっています。

そして、第1章では、職業や関心・悩みなどといった、富裕層の特徴や実態について書かれています。

第2章では、日系や外資系のプライベートバンクについての概要が書かれていますが、正直言って別に知らなくてもいいような内容です。

ただ、第2章の最後に、「手数料が割高な日本のプライベートバンク」という節があり、そこでは次のように書かれています。

平均的な商品でも買付手数料は約3%運用報酬で年間約1.5%以上もとられますので、よほどの好成績を残さないと投資家に利益は出ません。

いま、そういった投資信託や株の運用で勝てている投資家は、マーケット自体が伸びているからに過ぎないケースがほとんどです。よって、手数料が気になるという富裕層の中には、大手証券会社で買うよりも手数料が10分の1くらいに抑えられるネット証券で自ら資産運用をされている方もいらっしゃいます。

この割高な手数料に関しては、ネット証券に匹敵するような手数料にまで融通が利く場合もあるものの、そういった特例が認められるのは、ごく一部のプライベートバンカーやごく一部の顧客に限られるようです。

また、次のようにも書かれています。

ただし、公平を期すために付け加えれば、プライベートバンクの存在意義は資産運用の仲介をすることだけではありません。ネット証券では買うことができない特殊な商品を用意したり、節税スキームを整えたり、海外不動産など金融商品以外の投資先を提案したりと、高い手数料なりの付加価値は多く存在します。

3.プライベートバンクのサービス

そして、その資産運用以外のプライベートバンクのサービスについては、第3章で書かれています。

プライベートバンクは必ず、社内のメンバーや社外の専門家たちによって構成されるチームを用意しています。

社外の専門家というのは、弁護士事務所や税理士事務所・会計事務所、不動産会社、信託銀行、保険会社、各種コンサルタントになります。

こうしたチームが特にその力を発揮するのが、事業継承資産継承といった相続の課題ですとのことで、次のようにも書かれています。

こうした富裕層ならではの悩みを解決すべく、プライベートバンクは弁護士や税理士、不動産会社、信託銀行、オペレーティング・リース会社などの人的リソースを結集し、課題解決にあたるのです。

また、第3章ではプライベートバンクの非金融サービスについても簡単に触れられています。

具体的には、ブラックカードなどのスタータス系サービスの紹介、事業融資のサポート、子供の教育支援、最先端医療施設・高級老人ホームなどの情報提供、オーダーメイド旅行の斡旋、財団や基金の設立サポート、といったものです。

4.資産運用の原則

第4章では、「プライベートバンクが教える資産運用の10原則」とのことで、次のような10原則が挙げられます。

  • 原則1:ゴールを明確にし、逆算する「ゴールベース資産管理」を
  • 原則2:バランスシートで家族の資産を可視化する
  • 原則3:円建ての預貯金のみに頼らない
  • 原則4:世界経済の大きな流れに逆らわない
  • 原則5:マーケットに依存しない分散型ポートフォリオを組む
  • 原則6:ルールを知り、ギリギリまで攻める
  • 原則7:金融商品の目利き力をつける
  • 原則8:一発KOだけは絶対に避ける
  • 原則9:資産運用は中長期で考える
  • 原則10:次世代を見据えた資産運用をしていく

ここでは、原則5の「マーケットに依存しない分散型ポートフォリオを組む」について取り上げていきたいと思います。

まずは、一部を抜粋していきます。

プライベートバンクが推奨する今の資産運用の主流は、金融市場の動きとは別の動きをする「オルタナティブ投資」を積極的にポートフォリオに織り込むことでリスクをさらに分散させる手法です。

オルタナティブ投資とは、上場株式や債券といった伝統的資産と呼ばれるもの以外の、新しい投資対象や投資手法のことをいいます。オルタナティブ(alternative)とは「代わりの」とか「慣習にとらわれない」という意味です。具体的な投資対象としては、農産物・鉱物・不動産などの商品、未公開株やデリバティブ(金融派生商品)、それを扱うヘッジファンドなどが挙げられます。

オルタナティブ投資を活用した成功例としてプライベートバンカーが顧客に引き合いに出すことが多いのが、ハーバード大学です。同校には卒業生たちから膨大な寄付金が集まります。その額、年間1000億円以上。それを自前の資産運用会社(Harvard Management Company)で運用しているのですが、2016年6月時点の残高は357億ドル、約4兆円もあります。そして過去20年の平均利率は10.4%。実はハーバード大学が超優秀な機関投資家でもあるのです。

本書の中では書かれていませんでしたが、このハーバード大学やイェール大学の運用手法は、「エンダウメント投資戦略」と呼ばれます。

このエンダウメント投資戦略については、それについて書かれた書籍もありますので、また別の機会に書いていきたいと思います。

なお、イェール大学では、1994年からの20年間で平均13.9%のリターンを上げています。

そして、ハーバード大学の2016年のポートフォリオは以下のような資産配分となっています。

  • 株式合計:29%・・・国内株式:10.5%、海外株式:7%、新興国株式:11.5%
  • 債券合計:12.5%・・・国内債券:9%、海外債券:1%、インフレ連動債:2%、ハイイールド債:0.5%
  • オルタナティブ投資(金融資産):34%・・・PE:20%、絶対収益型:14%
  • オルタナティブ投資(実物資産):24.5%・・・不動産:14.5%、商品:10%

これらのうち、PEというのはプライベートエクイティのことで、これについては後述します。

また、絶対収益型というのは、ロング・ショート戦略などをとるヘッジファンドが中心となります。

このハーバード大学のポートフォリオでは、株と債券の割合が半分以下に抑えられ、オルタナティブ投資の割合が高くなっているのが特徴といえます。

このような分散投資の重要性はよくいわれることですが、本書においても「とにかく重要なことは、資産を一点集中させないこと、マーケットの動きに依存し過ぎないことです。」と書かれています。

5.分散投資の重要性

その分散投資の重要性が一目で分かるデータとして本書では、水戸証券のホームページ(投資を学ぶ>投資のすすめ>リスクとリターンとは)に載せられている、資産(アセットクラス)別リターン表が紹介されています。

本書では2008~2015年までのものが、当該サイトでは2010~2017年までのものが掲載されていたため、両者を統合したものを以下に示してあります。

資産(アセットクラス)別リターン表

この図では、「国内株式」、「先進国株式」、「新興国株式」、「国内債券」、「先進国債券」、「新興国債券」、「世界リート」、「コモディティ」と、これら8資産を均等に配分した「分散投資」の9つについて示されています。

これらのうち分散投資に着目すると、他の資産ではリターンのばらつきが大きいのに対し、分散投資では概ね4~6位と平均的なリターンとなっていることが分かります。

こういったことから本書では、「単年度で見れば、分散投資は大きな魅力ではないかもしれません。でも、中長期の資産形成を考えたら、分散投資は優れた戦略なのです。」と書かれており、次のような引用もされています。

デイビッド・スウェンセン氏は、その著書『イェール大学CFOに学ぶ投資哲学』(日経BP社)の中で「リターンの変動の約9割が、資産配分に起因する」と述べており、「投資家は資産配分目標を合理的に設定するのが先決なのに、役に立たない銘柄選択や(投資)タイミング(の時期をはかるの)に夢中になっている」と指摘しています。

しかし、私はこの指摘に対しては懐疑的です。

「リターンの変動の約9割が、資産配分に起因する」というのはあくまでも、相場状況が悪くても資金を有価証券等に投下せざるを得ず、資金を寝かせておくことができないといった制約のある、機関投資家における理論だと思われるためです。

現在のように、株も債券も不動産も高値圏にあるような状況では、現金(キャッシュ)の割合を高めておくことが、個人投資家にとっては分散投資にも勝る最大のリスクヘッジであると考えています。

ちなみに、上の表において、各資産ごとの順位の推移を示してみたのが以下の表になります。

資産(アセットクラス)別リターン順位表

この表を見ていくと、何年か低迷した資産はその後に良いパフォーマンスを示し、逆に何年か良いパフォーマンスを示した資産はその後低迷しているといった傾向があるように見えます。

ですから、ある資産がここ何年か良いパフォーマンスを示しているからといって、その資産が今後も良いパフォーマンスを示すとは限らず、むしろ低迷する可能性が高いかもしれないのです。

これは、ミーン・リバージョンリターン・リバーサルといったアノマリーの類かもしれませんが、こういったことには注意する必要があります。

なお、アノマリーについては以下の記事で詳しく書いていますので、よろしければご参照ください。

そして再びこの表を見てみると、2016年、2017年と2年連続で1位となっている「新興国株式」については、そろそろ注意が必要かもしれません。

また、かなり低迷しているといえる「コモディティ(商品)」については、今後のパフォーマンスに期待がかかるところです。

6.投資信託の手数料

同じく第4章の原則7「金融商品の目利き力をつける」の「手数料は「マイナス利回り」だと心得る」の項では、次のように書かれています。

証券会社などが高齢者などに盛んに売っている投資信託の多くは、買付手数料3%、毎年かかる信託報酬2%を超えている商品も多々あります。証券会社もボランティアではないので手数料がかかるのは当然ですが、世界的に見ても圧倒的に高い料金設定です。

これについては全く異存はないのですが、問題は次の記載です。

自分で金融商品を選ぶときの手数料は「売買手数料1%未満信託報酬1.5%未満」を1つの目安にしてみるとよいでしょう。

はっきり言って、この基準では甘すぎます。

証券会社で株式を取引する際の売買手数料0.1%程度であり、ETF(上場投資信託)を購入すれば、年間の運用手数料である信託報酬もほとんどが1%以下であり、0.1~0.3%のものも多く存在するからです。

こんなことは著者も分かり切っているはずであり、上にある記載は、プライベートバンクなどの金融機関に配慮したポジショントークであると言わざるを得ません。

明確な基準というのがあるわけではありませんが、ETFを選ぶ際には、信託報酬は基本的に0.6%以下が目安であり、少々複雑な設計のものであれば0.8%以下が目安となるのではないでしょうか。

大した違いではないと思われるかもしれませんが、運用は長期で行うものであり、長期になればなるほど、少しの違いが大きな違いとなって表れてきます。

「9割が負ける」と言われる厳しい投資の世界で、こういったところにも配慮できないような投資家というのは、淘汰されてしかるべきでしょう。

7.様々なオルタナティブ投資

第5章では、プライベートバンクの資産運用法として、「オルタナティブ投資」を中心に取り上げています。

具体的には、ヘッジファンドや仕組債、PEファンド、VCファンド、CoCo債、オフショア生命保険などが挙げられています。

これらのうちのいくつかについて、本書中での説明を引用したのが以下になります。

ヘッジファンドとは、投資家から集めた資金を原資に、ファンドマネージャーと呼ばれる投資のプロ中のプロが独自の戦略で投資を行う運用会社、およびその商品のこと。株式や債券はもちろん、先物や信用取引、金利やデリバティブに至るまでを組み合わせることで、マーケットの動向とは別の動きをするように設計されていることが最大の特徴です。

仕組債は「オプションやスワップなどのデリバティブが付与された債券」のことで、「早期償還条項付(トリガー)」や「ノックイン」や「クーポン」という言葉がそのデリバティブから生じるものに該当します。

プライベートエクイティ(PE)とは、「私的な株」、つまり「未公開株」のことです。PEファンドの目的は、投資家から集めたお金で、英語でディストレスシチュエーション(distress situation)という傾いた会社や、本来の価値よりも割安な会社を買収し、(経営陣を送り込んだうえで)復活させ、株主として利益を得ること。そのため、「企業再生ファンド」ともいわれます。

CoCo債は、Contingent Convertible Bondsの略で、日本語では偶発転換社債と呼ばれます。社債でありながら株式に「転換」されるので、ハイブリッド証券と表現されることもあります。

一部を抜粋したものですので、説明が不十分なものもありますが、詳細について気になるようでしたら、ネットなどで調べていただければと思います。

そして第6章では、個人投資家でもこういったものに、投資信託やETFなどをといった形で投資できるような金融商品が紹介されています。

例えば、次のようなものが紹介されています。

  • 「スパークス・日本株・ロング・ショート・プラス」などのような「ヘッジファンド型ETF」
  • 間接的にPEファンドに出資できる、通称「未公開株ETF」と呼ばれる、「iシェアーズ上場プライベートエクイティUCI(IPRV)」など
  • VCファンドの代替となり得る、「日興グローイング・ベンチャーファンド」などのような投資信託
  • 「グローバルCoCo債ファンド」や、劣後債やCoCo債といったハイブリッド証券に投資する「ピムコ世界金融ハイブリッド証券戦略ファンド」などのような投資信託
  • 仕組債として個人向けで最も発行されている、「日経リンク債」や「EB債」

8.総括

以上、見てきたように、本書の第5章、第6章では、オルタナティブ投資(金融資産)について主に書かれていますが、基本的にここで紹介されているような金融商品には手を出すべきではないと考えています。

それは、商品設計が信用に足るものではなかったり、ハイリスクハイリターンであったりするためです。

例えば、ヘッジファンドのところで、「投資のプロ中のプロが独自の戦略で投資を行う運用会社」との説明がありました。

しかし、その投資のプロ中のプロが、株価指数などに連動するように設計されたインデックスファンドのパフォーマンスを超えることは難しい、といった研究結果は数多くあります。

つまり、ヘッジファンドに投資するくらいなら、株価指数に連動するような一般的なETFに投資する方が賢い戦略だということなのです。

また、仕組みが分かりにくい金融商品にはそもそも投資すべきではありません。

それらは一見、有利なように見えたとしても、肝心のリスクが見えにくくなっているだけに過ぎず、リスクが表面化した際に大きな損失が生じることがほとんどだからです。

目新しく、聞いたことがないような商品で、たとえ機関投資家が買い漁っているような金融商品であったとしても、それが優れたものだという保証は一切ありません。

さらに、ヘッジファンドについて、本書では次のように書かれています。

現在のプライベートバンクが顧客に提案するメイン商品の1つであり、株式や債券といった伝統的な金融投資にかわるオルタナティブ投資の王道でもあります。

ヘッジファンドを選ぶときは何よりも目利きが大事になるのです。

しかし、膨大な数のヘッジファンドの中から、優れたファンドを見出すことができたら誰も苦労しません。

断言しますが、こんなことはたとえプロであっても不可能です。

とはいえ、第6章の「テンバーガーを自前で探す方法」の節で書かれていた、未来予測の方法として「先進テクノロジのハイプ・サイクル」というのは参考になりました。

最後に、プライベートバンクについてですが、上記のように資産運用法に関しては心もとない限りですが、事業継承資産継承といった相続対策に関してはとても心強い存在であるといえます。

また前述したような、非ステータス系サービスの紹介や事業融資のサポートなどといった、非金融サービスに関しても非常に魅力的なものだといえます。

 

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